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「本当だったらずっとそこにいたかった」……元ジャニーズ・中村繁之、事務所退社後の寂しい生活を告白! ジャニー社長の“最後の言葉”に号泣した過去



 4月4日放送の情報番組『ノンストップ!』(フジテレビ系)で、かつてジャニーズ事務所に所属していた俳優・中村繁之の現在を特集。密着VTRでは、中村がジャニーズ時代の苦悩や退社後の生活について語った。

 1982年、14歳でジャニーズ事務所に入った中村は、翌年に大沢樹生や内海光司(元光GENJIメンバー)らと「イーグルス」を結成。さらに、1985年にはシングル曲「Doファッション」で、当時のジャニーズアイドルとしては異例のソロデビューを果たした。

 『ノンストップ!』では、番組スタッフが待ち合わせ場所の駅前に向かうと、中村はギターを背負って現れた。スタッフが「今日はどうやって来たんですか?」と尋ねたところ、中村は「今日は徒歩ですよ、徒歩。ご覧の通り徒歩ですよ」と回答。「車移動はしないのか」との質問にも、「そんな芸能人じゃないのよ! 徒歩、徒歩!」と、元気よく答えた。

 この日、向かった先は小さなライブ会場。中村は2年前にバンドを結成し、定期的に音楽活動をしているという。会場のスタッフに「中村繁之」と大きく書かれた名刺を渡して挨拶を行う姿に、スタッフが「昔、そういうことって考えられました?」と問いかけると、中村は「いや、まったく考えてなかったですね」「本当に顔が名刺だと言われていたし、そう思っていたから」と、今とは真逆の日々を振り返った。

 30年以上前は、ソロデビューをきっかけに主演ドラマや映画など役者としての仕事も続々と舞い込み、寝る時間も無いほどの多忙を極めたという中村。しかし、数年経つ頃には「先輩方からこういうスケジュールが書いてあるホワイトボードがあって、それが後輩たちが増えてくるでしょ、売れてくるでしょ、忙しくなってくるでしょ。幅をきかせてくるわけですよ、どんどん。で、自分の位置がちょっと下にいったりとか」と語るように、立場が変わってきたとのこと。中村は「そのうち自分もこの中に埋もれてしまうかなって。この波にのまれてしまうかなって恐怖もあった」と、当時の心境を明かした。

 中村の後輩にいたのは、ローラースケートで爆発的人気を誇った光GENJIたち。中村は自身の人気の陰りを感じ、1993年にジャニーズから自主退社。退社後は「やっぱり事務所がメインで、外出たらみんな後ろ向く人たちばっかりで、そういうのがいっぱいあったから、それがちょっと何か人間不信になったこともあって」「ジャニーズ事務所の中村繁之が好きだったという人は、ジャニーズ事務所(の肩書き)が取れただけで、その分が減るんだよね」と、周囲の反応や環境が一変したと語った。2ページ目へ