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KEN THE 390のボーイズグループプロジェクト、候補者・福田翔也がヴァサイェガ光を推薦



 人気ラッパー・KEN THE 390(ケン ザ サンキューマル)が手がける新ボーイズグループ企画を放送中の音楽番組『MUSIC BLOOD』(日本テレビ系)。6月17日・24日放送回では、1名の参加が明らかになった一方で、新たな候補者が浮上するなど、波乱の展開を迎えた。

 今回のプロジェクトは、11人組ボーイズグループ・INIを生み出したサバイバルオーディション『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』(動画配信サービス・GYAO!/TBS系)の脱落者から選抜。番組内でラップトレーナーを担当していたKEN THE 390は「僕が“この子、絶対良いのにな”みたいに思ってた子が、全然世に出てきてなくて。何人か」といったもどかしさを抱えており、始動にあたって気になるメンバー5人に声をかけたとか。

 初回の5月27日オンエアーの段階だと、「F」「T」「K」「Y」「F」として、名前や顔が伏せられていたものの、6月3日・10日放送回にて2名の候補者が判明。そのうち、安江律久(23)はAAAのメンバーで、ラッパー・SKY-HI(日高光啓)が代表を務めるレーベル「BMSG」の練習生になるか、KEN THE 390のオファーを受けるか迷っていたが、「ちゃんと(KEN THE 390と)会って喋って決めたいなっていうのがあったので。今日、スゴい良い機会だった」「ぜひ、お願いしたい」と、決断した。

 かたや、ナイジェリア人の父と、日本人の母を持つテコエ勇聖(23)は「“自分でアーティストとかアイドルを作ってみよう”みたいなことはちょっと(始めていた)」と、近況を報告。KEN THE 390の誘いに対しては「嬉しい」と胸中を明かすも、「やっぱり自分でメンバーを集めてやっていこうっていうのを始めちゃってる手前、(自分のデビューは)ちょっと変な話かなっていう思いもあって」「心を整理するお時間をいただけたら」と、“参加保留”を申し出た。

 そして、17日の放送は3人目の候補者・児玉龍亮(19)と対面した模様を公開。彼は、地元・静岡県のダンススタジオで経験を積み、かつては韓国の人気グループ・防弾少年団(BTS)の所属事務所「Big Hit Japan」(現HYBE)の日本練習生としても活動していた。

 さっそく、KEN THE 390が「オーディション終わって、どうだったの?」と問いかけると、「ずっとダンスと歌を練習してたっていう感じでした。落ちた理由は、実力不足。あとやっぱ、アーティスト性っていうか、人を惹きつける力がやっぱり弱かったのかなって」と、自己分析。自信を失っている様子だったが、KEN THE 390は「僕が(オーディションで)見てた児玉くんはスゴい魅力的だったよ」と、高く評価した。

 児玉は「ありがとうございます」と感激しつつ、「求めていただいたことがスゴく嬉しくて。本当にもう、ずっと“デビューしたい”っていう気持ちがあったので。KEN THEさんのラップの曲とか聴くので。本当、嬉しい気持ちで。ぜひ!」と、プロジェクト参加を快諾。続けて、「一個、不安なことがあって。僕、自分の名前が言えないんですよ。吃音症って分かりますか? 僕、元々そうで……」(児玉)と、正直に打ち明けた。

 この「吃音症」とは、話し言葉がなめらかに出ない言語障害の1つ。児玉自身、長年苦しんできたというが、KEN THE 390は「それは武器だよ。絶対に。吃音であることというよりは、吃音に自分の中で悩んで、いろいろ考えて。そこを自分の中でいろんな表現も含めて、克服する方法を見出したっていう経験が宝」「“児玉くんじゃないと表現できない歌”がめちゃくちゃあると思うし、それをみんなにちゃんと知ってもらったら、スゴく深みが全然違うと思う」と、エールを送った。

 VTR終了後、スタジオの田中は「あぁ~、よかった! 児玉龍亮くん、加入決定ということで!」と、安堵。「だってその、『吃音症があって』って言ってもさ、それがケンちゃん(KEN THE 390)には分からなかったワケでしょ? そう思わせないだけのパフォーマンスをしてるワケじゃない。もう武器やんね」と、述べていた。

 さらに、24日のオンエアーで4人目の候補者・福田翔也(24)が登場。小学1年生からダンスを始め、ダンスの大会で全米制覇をした実力者だが、『PRODUCE 101 JAPAN SEASON2』では惜しくも脱落してしまった。

 まず、KEN THE 390が「どうだったの? オーディション終わってから」と尋ねると、福田は「ダンサーに戻るっていう選択肢が正直、なくて。自分はもうアーティストとしてステージに立って。“いろんな方に、自分がそういう活動してるところを見せたい”って思ったので。やっとここまで。やっとやる気が出て、ここまで来れました」と、告白。[続きを読む]